Drawing Performance: Abstraction from Germany and the United States

Hanna Hennenkemper (ハンナ・ヘンネンケンパー) / re: 1/17 / 2017年 / 和紙にスタンプ

 

‘Drawing Performance: Abstraction from Germany and the United States’(ドローイングパフォーマンス:ドイツとアメリカにおける抽象表現)という展覧会がベルリンのインガ・コンダイナ・ギャラリーにおいて開催されている。
当企画はネブラスカ州を拠点に活動している作家でありキュレーター、James Bockelman (ジェイムズ・ボッケルマン)のもので、ベルリンからの作家9人、アメリカからの作家6人の作品で構成されている。この展覧会は1年を通して3つの異なる場所を巡回した。最初にネブラスカ州リンコルンのタグボートギャラリー、続いてネブラスカ州コンコルディア大学のマックスハウゼンギャラリーにおいて開催された後、ベルリンのギャラリーインガ・コンダイナへと巡回している。
 
展示に際して、ボッケルマンはジョン・ケージの言葉の引用から、今までカテゴライズされる事のなかったドローイングという「分野」について改めて疑問提示をしている。
 
“What is a drawing? No one knows any longer… Something that doesn’t require that you wait while your making it for it to dry? Something on paper? It’s question of emphasis. Thanksgiving. Art…”
ドローイングとは何か?もはや誰も知らない…。何かを作っていてそれが乾く間になされるだけの必要ではないもの?紙の上の何か?それは重要な疑問だ。感謝の祈り。アート…。
 
ドローイングとは何か?この問いに対するボッケルマンの答えは、今日のドローイングは「もの事が起こる場所」と言うことだ。その上で、ドローイングに関する3つの基本的な要素、「表面」(Surface)、 「活動」(Activity)、「登記」(Registration)をあげている。
 


1. Old Man Study Group (Hamlett Dobbins and Douglas Degges) / 無題 / 2016年 / 紙にグァッシュ
2. Carsten Sievers (カルステン・シーバース) / 無題 / 2013年-2015年 / 折り畳んだ紙に鉛筆
3. Flora Wiegmann (フローラ・ビークマン)/ パフォーマンス作品、Dyslexicon / 2017年


 
彼の文章によると、「表面」とは作家がパフォーマンスを行った所、もしくはこれから行われる場所の事だ。作家が素材にドローイングを行う以前に、「表面」にはレディメイドのイメージが存在している。例えばボール紙のパッケージや未完のクロスワードパズル、もしくは真っ暗な劇場など。ただの一枚の白い紙でさえ、そこには既に心理的な緊張感がある。作家はそういった表面に対して、一本の線を引き、それぞれの境界を指し示す。
ドローイングはまた、人間の「活動」における儀礼的なものである。作家は何かを観察し、手に宿る認識とともに筋肉にインプットされている記憶を用いて、世界をどの様に捉えているかを現実に写しだす。
こうした一連の身ぶりの総体は、「表面」上に記録されるだけでなく、目の動きの中にも記録される。誰かが鏡にキスをすると、マークは鏡面上にある視覚的な痕跡であると同時に、身体的な動作の記録となる、とキュレーターは言う。この様に、ドローイングはパフォーマンスを「登記」する。
 
今回の展示作品にはシンプルな紙に鉛筆といったものから、ダンス、映像、トレーシングペーパー、プリントされた紙などが素材として用いられており、作家の様々なジェスチャーや思考のプロセスを想像できた。ドローイングにおける3つの根本的な要素は互いに絡み合うことで作品を成立させていた。
 

キュレーター、ジェイムス・ボッケルマン。コラージュドローイングの前で


 
執筆: 中原一樹


Drawing Performance: Abstraction from Germany and the United States
(ドローイングパフォーマンス:ドイツとアメリカにおける抽象表現)
期間: 2017年6月23日〜7月29日
場所: ギャラリー、インガ・コンダイナ (ベルリン)
参加作家: ドイツから> カルステン・ジーバース, ナディネ・フェヒト, アレクサンダー・クレンツ, ハンナ・ヘンネンケムパー, ヨハネス・レギン, 中原一樹, フランク・タッフェルト
アメリカから> ハムレット・ドッビンス, フローラ・ビークマン, ジェレッド・スプレチャー, スティーブ・ロデン, マシュー・ソンサイメー, ジェイムス・ボッケルマン

‘Expanded’ by Nicole Lenzi

Brent Fogt / Hertson, 2011 / 紙にインク、グラファイト / 16 x 14.5 inches


 
私が非伝統的なドローイングに興味を持つようになった始まりは「エクスペリメンタル・ドローイング(Experimental Drawing」という専攻過程に在籍中のことで、卒業後も継続して取り組んでいます。「Expanded 」というブログは私が現在住んでいるアメリカ合衆国はボルティモア市・ワシントンDCの周辺地区、そして世界中で起こっている多様なドローイングの実践を紹介することにつとめています。これはドローイングの可能性について考えるためのフレームワークです。また、アーティスト、教育関係者やその他様々な組織が参照しあい、対話を生み出しうる空間を作り出すことを目的としてもいます。

 

2010年、コロラド大学のクラーラ・ハットンギャラリー(Clara Hatton Gallery)で行われた「Drawing in the Expanded Field(拡張領域におけるドローイング)」という展覧会に参加しました。リサーチしていくうちに、タイトルにもある“expanded”という単語は多くのコンテンポラリードローイングの展示や大学のコースで使用されている用語であることがわかりました。それでその5年後、このブログのタイトルにしたというわけです。

 

歴史を遡れば、ドローイングは絵画や彫刻の創作の見通しを立てる手段として存在していましたが時が経つにつれ、ドローイングそれ自体のうちに、それに属する芸術形式として発展しました。伝統的なドローイングは主題の代理表象に与かります。それに対し、非伝統的なドローイングは戦略を用いてコンセプトを展開させます。

 

Gelah Penn / Situations, Detail 2017 / ビニールシート, 気泡ゴム, レンズ状ビニール, Denril, ビニール製ゴミ袋, ポリエチレンシート, ステンレス製流し用品, ブラックアルミフォイル, 蚊除けネット, ラテックス, シリコンチューブ, 金属製の棒, ステイプル, アクリル絵具, ゴムボール, 椅子の布張り, T型ピン / 132 x 432 x 365 inches


 
Expanded」に登場するアーティスト達はしばしばお互いに対照的な差異を際立たせもするものの、彼らのコアにあるものは同じです。彼らは皆、慣習的ではないやり方で創作をしており、ドローイングの見方や経験の仕方の境界をうごかしています。これまでに参加してくれた作家達は概して3D/インスタレーション、システム、プロセス、パフォーマンス、写真、テクノロジー、実験的なマークメイキング(*訳注1)などに取り組んだ作品を制作しています。ここに寄稿を頂いているコントリビューターのBrent Fogtは気候条件を用いてドローイングを生み出しています。Gelah Pennのインスタレーションはドローイングという言語を(数カ国の言語を同時に扱うように)建築的空間に拡張しています。
 

Monica Supe / Endlos, 2016 / 7, 8, 9, 11 (endless 7, 8, 9, 11) 2016, かぎ針編みワイヤー (10 x 10 x 10 cm – 14 x 14 x 14 cm)


 
もっともよく取り上げている作品はコンセプチュアルな裏付けに基づいていて、通常とはもっともかけ離れた方法で哲学とスタイルを組み合わせたものです。Monica Supeの3Dとパフォーマンス作品において、アーティストは”制作過程を視覚化する”手仕事に取り組みます。編まれた線は、時間を可視化するのです。人はその活動がいつ始まるのか、そしてそれは実際に終わるのかの問いを立てます。Expandedにおけるアーティストの作品は、そこで何が起こりうるのかを見つめることへ開かれてあるものなのです。

 

私はよく「エクスペリメンタル・ドローイング」コースが、身近な主題や、コントリビューター達が彼ら自身の実践に一生懸命に向きあうあり方に対する自分の興味に火をつけたのだと考えます。私の教授のHerb Oldsは「ドローイングとは言語である。我々はその言語を生かし続けなければならない。」と教室の前でよく語っていました。言語は幾多の形態をとって存在してきたものなのです。

 

「Expanded」ブログリンク:
http://expandeddrawingpractices.blogspot.com/
 

執筆:ニコル・レンジ 2017年

 
プロフィール:ニコル・レンジ (Nicole Lenzi)の非伝統的なドローイングへの関心は、カーネギーメロン大学での「エクスペリメンタル・ドローイング(Experimental Drawing)」という専攻過程の在籍中に始まる。その後、メリーランドインスティテュートカレッジオブアートを2007年修了。インスタレーション、3D、レリーフ、平面といった多次元的アプローチで制作を行う。近年の展覧会に「Concept and Time and Space」CICA Museum(ソウル、韓国)、「Drawing Lines Across Mediums」Site: Brooklyn(NY、アメリカ)などがある。レンジはボルチモア(メリーランド州)を拠点に活動し、コンテンポラリードローイングに関するブログ「Expanded」を2015年より継続している。
 


翻訳:水野妙
 
(*訳注1)
マーク・メイキング:mark making
「Mark」の訳語としては「しるし:印・記・徴・験・標」と日本語では様々なアスペクトがある。ここでは「しるし」を描くことが「Making:つくる」ことの終わりではなくそこから引き出す行為として、Drawingの営為に通じるものとして関係している。一回かぎり記されたものが、未だ来ぬものを兆す徴となるように、開くこと。
点、筆触、ストローク、テクスチャー、波形、反復etc。手の運動の痕跡からその固有の刻印をほどいて、言語にも匹敵するような線にまつわる文法や表現方法のパターンを取り出そうとすること。その際、これまでの認識や様々なカテゴリーの更新の冒険に賭けるような試みが現在期待される。

例):テート・モダンの試み
作品の鑑賞教育の拡張的なラーニングプログラムとして、オンラインでフリーにアクセスできるリソースを提供している。絵画の理解の枠に限らず、人の感情や3D空間、音との変換関係など多様な応用可能性が試みられている。
https://www.thoughtco.com/how-does-mark-making-affect-your-paintings-2577630

‘道’ by Kazuki Nakahara

お疲れ様です!僕は今ライプチヒの近くの小さな村の版画工房でレジデンスをしています。
「tube」を浮かべると聞いて、両端、或いは色んな末端から覗けるような通気性の良いものを想像した。情報が一方向から流れるのではなくて、逆からも通るみたいな。世界のドローイングシーンを繋いで誰でも見ることができる様なツールにできればいいな。
白川静さんの「文字逍遥」における道と空間についての定義はとてもドローイング的だ。原始の時代、「道」の字源に込められた概念には、人間が生活圏を広げようとする時、鳥獣や神々が行き交う空間に侵入するという意味があった。「空間」、「空」とは無機的な空白そのものではなく、むしろ生きた実在の世界だった。その様な空間に道を作る時の緊張感は、今日の既成のライン(網目状)を辿る事とは異なる。有機的なラインとは、その様に外への接触を図ろうとする意思と、空白だけど空白でない空間へと入っていく緊張感を伴うものだ。

 

引用 白川静「文字逍遥」道字論 道と空間

 

執筆:中原一樹 2016年8月10日  
 
プロフィール:中原一樹/アーティスト。1980年香川県生まれ。ベルリンを拠点に制作活動を続けている。2005年に横浜市立大学経済学部国際社会コースを修了、在学中にウィーン大学美術史学部に1年間交換留学。その後、2005年に渡独、ベルリン・ヴァイセンゼー美術大学に入学。ハンス・シマンスキー教授に師事しドローイングを専攻する。
2010年同大学終了、2011年マイスターシューラーを取得。首席に贈られるマート・スタム賞を受賞。
2013年、公益財団法人ポーラ美術振興財団在外研修制度によりロンドンで1年間滞在する。
主な展覧会は、ベルリンの所属ギャラリーInga Kondeyneにおける2009年,2011年,2013年,2015年,2017年の個展。
2008年「SEN-現代書とドローイング」Gallery Parterre(ベルリン)、2010年「木と銅」ベルリン日独センター、2012年 「PRESUME, マルト・スタム賞2012」クンストラウム・ベタニエン(ベルリン)、2014年「Travelling Light」Centre for recent Drawing London等のグループ展がある。

 

image : 中原一樹 / 道 / 2015年 / 21x30cm/ 紙にインク

image : 中原一樹 / 道 / 2015年 / 21x30cm/ 紙にインク